STM画像およびXPSスペクトルのシミュレーション
1. STM画像のシミュレーション
[課題]
STM (Scanning Tunneling Microscope:走査型トンネル顕微鏡)で得られる画像は、物質の表面から滲み出した電子の波動関数を可視化したものであり、必ずしも表面の凹凸を再現するものではありません。 したがって、STM像の正確な理解のためには、対象物の電子状態を知ることが不可欠です。 可視化の対象となる電子のエネルギーは、探針に印加するバイアス電圧により決定されます。
[解決策]
第一原理バンド計算ソフトウェア Advance/PHASEを利用すると、電荷密度(波動関数の絶対値の二乗)を求めることができます。 あるエネルギー範囲に含まれる電子の電荷密度(部分電荷密度と呼びます)を得ることが可能ですので、これを表面近傍で可視化することにより、STM像をシミュレートすることができます。
[事例]
例として、Si p(2×2)表面のSTM像のシミュレーション結果を下図に示します。
左が占有状態、右が非占有状態であり、表面からそれぞれ1Å、5Å離れた面での像を示しています。バイアス電圧の符号を反転させると、明るく見える位置が変化することがわかります。
2. XPSスペクトルのシミュレーション
[課題]
XPS (X-ray Photoelectron Spectroscopy:X線光電子分光) は、X線を物質に照射し、放出される光電子のエネルギーを測定することにより、物質表面の元素の種類およびその電子状態を知るための強力な実験手段です。 測定結果を精度良く解釈するためには、内核電子まで含めた物質の電子状態を知ることが重要です。
[解決策]
第一原理バンド計算ソフトウェアAdvance/PHASEは擬ポテンシャル法を採用していますので、内核電子の状態を知ることはできません。 しかしながら、Advance/PHASEに「内核の電子を除去した擬ポテンシャル」を用いると、原子のXPSエネルギーを計算 [1]することができます。 (注)パッケージソフトAdvance/PHASEには、内核電子を除去した擬ポテンシャルは付属しておりません。本機能のご利用は受託解析に限らせていただきます。お気軽にお問い合わせください。
[事例]
Advance/PHASEによるSi(001)表面のXPSの解析事例をご紹介します。 図はSi(001)表面スラブモデルを示しています。 表面再構成が起こり、バックリングしたダイマーがp(2x2)構造を形成しています。X線をSi結晶(表面)に照射すると、2p軌道の電子が光電子として飛び出し、XPSスペクトルが観測されます。 「2p軌道の電子を除去したSiの擬ポテンシャル」を用いてAdvance/PHASEで計算した結果と実験値を表に示します。 最表面のSi原子に注目すると、真空側に飛び出た原子(1u)とバルク側に沈み込んでいる原子(1d)があり、XPSエネルギーが大きく異なることが期待されます。Advance/PHASEで計算した値は実験値と良く一致しています。
参考文献]
[1] “Evidence for site-sensitive screening of core holes at the Si and Ge (001) surface”, E. Pehlke and M. Scheffler, Phys. Rev. Lett. 71, 2338 (1993).
[2] “Core-level spectroscopy of the clean Si(001) surface: Charge transfer within asymmetric dimers of the 2 × 1 and c(4 × 2) reconstructions”, E. Landemark, C.J. Karlsson, Y.-C. Chao, and R.I.G. Uhrberg, Phys. Rev. Lett. 69, 1588 (1992).